2012年11月13日

孔明の息子


誡子書は、孔明の息子、思遠を戒めた書です。

思遠は神童だったようです。

孔明が兄の瑾に宛てた手紙の中に、「瞻、今すでに八歳、聡慧愛すべし。其の早成、おそらくは重器たらざるを嫌うのみ」とあります。

諸葛亮は、早熟の者は、将来は大した人物になれないかも知れないと、心配していたようです。

そこで、諸葛孔明は、息子の思遠のことを思って、戒めた書を遺したのでしょうか。

誡子書は、いわば諸葛家の家訓と言えるでしょう。


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誡子書


誡子書は、諸葛孔明が、その息子の思遠を戒めた書です。


「それ君子の行ひは、静を以て身を修め、倹を以て徳を養ふ。
澹泊にあらざれば、以て志を明らかにすることなく、
寧静にあらざれば、以て遠きを致すことなし。
それ学は須(すべから)く静なるべく、才は須く学ぶべし。
学ぶにあらざれば、以て才を広むるなく、志あるにあらざれば以て学を成すなし。
滔慢なれば則ち精を励ますこと能はず、険躁なれば則ち性を治むること能はず。
年は時と与(とも)に馳せ、意は日と与に去り、遂に枯落を成し、多く世に接せず。
窮盧を悲しみ守るも、将た復た何ぞ及ばんや。」


【意味】
優れた人は、静謐の中に身を修め、倹約をして徳を養う。
あっさりとして無欲の者でなければ、志を明らかにすることが出来ず、
身が安らかに治まっていなければ、高遠な目的を達成することは叶わない。
静謐の中から学ぼうとする意欲が生じ、才能は学ぶことから発揮される。
学ばなければ才能は開花せず、学ぼうとする志しが無ければ物事を悟ることも出来なくなってしまう。
少し知識を付けた程度で傲慢になれば勤勉勤労から遠ざかり、いつも心が険しく騒がしければ自分自身を見失ってしまう。
齢を重ねるに連れて学ぶ意欲も無くなり、次第に、落ちぶれて世の中に合わなくなってしまう。
そのときになって、嘆き悲しんでも遅いのだ。


【漢文】
夫君子之行、静以修身、倹以養徳。
非澹泊無以明志、非寧静無以致遠。
夫学須静也、才須学也。
非学無以広才、非志無以成学。
滔慢則不能励精、険躁則不能治性。
年与時馳、意与日去、遂成枯落、多不接世。
悲窮盧守、将復何及。


posted by navi2 at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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